「お〜い、啓太。ちょい待ち!お届けものや〜」
「…え?俺に?」
昼食を食べ終わり庭をブラブラしていた俺に、背後から颯爽とマウンテンバイクに乗った俊介が近づいてきた。
彼の名前は滝俊介。俺と同じくベルリバティー学園の生徒で、学園内の生徒や先生への荷物をデリバリーしている。バイクの腕は世界ランキングに入る程の腕前だ。
「本当はお前の部屋に届けるもんやけどな、ちょうどお前がおったからここで渡しとくな。はい、これな。しっかり渡したんやからここにサインくれ。それじゃ〜な啓太」
「ありがとう、俊介」
バイクで走り去る俊介に手を振って、彼の姿が見えなくなると渡された封筒を目にした。
B5サイズほどの大きさの封筒には、“割れ物注意”という赤いシールが貼られていた。一体誰からだろう?とあて先を見ると、俺は思わず声を上げてしまった。
「えっ!?朋子からだ!」
朋子とは俺の彼女…ではなく、俺の妹の名前だ。
この学園に来てからいろいろな事があって、家族との連絡を全然していなかった。そんな時に妹からの贈り物は、とても心暖まるものがあった。
さっそく中身を見ようとしたがテープでしっかりと封がしてあるので、俺はどこかでハサミを借りようと校舎内へと入っていった。
「おや、伊藤君」
「あ、七条さん」
とりあえず教室に行こうと廊下を走っていると、七条さんと会った。
七条さんは会計機構の一人で、穏やかな笑みを絶やさない物腰の柔らかい人だ。頭もよくて、特にパソコンの技術はインターネットやメール程度しか出来ない俺から見たらエンジニアそのもの。日本語どころか英語もフランス語もペラペラだ。学園MVP戦の時にとてもお世話になった。
「実はこの封筒を開けようとしたんですが、開けられなくて。だからハサミを借りようと…」
「ハサミですか。それなら会計部に寄りませんか?ここをまっすぐ行けばすぐですよ」
「本当ですか!ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして。それより、その封筒は?」
「はい、妹からの贈り物なんです」
「そうですか。それならすぐにでも中身を見たいですよね。さぁ行きましょうか」
そう言って七条さんは俺の腕を取って歩き出した。…と、背後から突然、よく知る声が響いた。
「ハサミなら学生会室にもあるぞ。この階段を上がってすぐだからな。会計部に行くより近いぞ、啓太」
「え?……な、中嶋さん」
恐る恐る振り返ると、そこには眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら鋭い目つきで俺達を見つめる中嶋さんがいた。
中嶋さんは学生会副会長。鋭さを持つ美貌で、その目で見られると思わず身体が固まってしまう。頭もよくて運動神経もいい。七条さんと同じく、中嶋さんもMVP戦でお世話になった。
通常、中嶋さん一人の時や王様と一緒の時なら平気で挨拶や話が出来るんだけど、今の状況では言葉をかけるのも戸惑ってしまう。なぜなら…この二人はものすごく仲が悪い。学園内で誰一人知らない人はいない程、犬猿の仲で有名なんだ。
俺は二人の間に挟まれるような状態で、またいつもの言い合いが始まるんじゃないか、とドキドキしながら二人を見つめた。…ここの場所だけ気温が5度くらい下がったような気さえする。
そんな心配をよそに、二人はほんの一瞬眉をひそめただけでいつもの表情に戻ったが、先に口を開いたのは、にっこりと頬の筋肉だけで微笑んだ七条さんだった。
「これは中嶋さん。僕達の会話を盗み聞きですか?あいかわらずの人の悪さですね。伊藤君、こんな人にかまっていると昼休みが終わってしまいますから行きましょうか」
そう言って七条さんは俺の腰に手をまわして歩き出そうとした。だが、中嶋さんに腕を引っ張られてバランスを崩した俺は、中嶋さんの胸に体当たりでもするように顔からぶつかってしまった。
だが、中嶋さんはよろける事もなく平然と俺を受け止めた。長身で見た目は細身な中嶋さんだが以前、王様が中嶋さんは空手3段の腕前だと教えてくれた。何度か大浴場で中嶋さんを見かけた事があるけど、筋肉のつき方も全く無駄のない鍛えられた身体だった。
「盗み聞きだと?…偶然通りかかって聞こえただけだ。よくもそんな事を口にするな。ふん、自分がいつもやっている事だからそんな事を思いつくのだろうな。啓太、学生会室の方が近いんだ、行くぞ」
「えっ?え、あ…その…」
中嶋さんが俺の肩を掴んで歩き出そうとすると、スッと目の前に七条さんが立ちはだかり行く手を遮った。
「そんな事をされては困ります。先に僕が会計部にお誘いしたのですからね。そうでしょう、伊藤君?」
「奴についていったら戻ってこれなくなるぞ、啓太。止めておけ」
「そのセリフはそっくりそのままお返しいたしますよ、中嶋さん」
「あ…あの…七条さん、中嶋さん…」
俺はしどろもどろになりながら二人を交互に見る。どちらも1歩も引かない状態だ。最後には「どちらに行くか今すぐ決めろ」と二人に言われて困り果てた。
この状態じゃどちらにも行けないよ〜、と心の中で叫びながら俺は自分の運の良さを信じて待った。…実は先週にも同じような事があったんだ。その時、偶然にも和希が通りかかって助けてくれたんだ。だから今回も…と思って返事をあやふやに延ばしていると、やはり運の神様は俺に微笑んでくれた。
偶然通りかかった生徒が両手にカラーペーパーや定規などを持っている。俺は知らない生徒だったけど「ねぇ、突然で悪いけどハサミ持ってる?」と慌てて尋ねると「うん、持ってるよ。ほら」と言って貸してくれた。
手が少し震えながらもハサミを使って封筒を開封すると、貸してくれた生徒に「本当にどうもありがとう、助かったよ」と、心からお礼を言ってハサミを返した。
俺は二人に「良かった〜、ハサミ借りれました。ありがとうございます」と、わざと明るく言ったが二人は沈黙したまま俺をじっと見つめていた。気まずくなって俺はもう一度、小さい声で二人に声を掛けた。
「あ、あの。ハサミ借りれました…ので…。す、すみません、ご迷惑おかけしまして。もう大丈夫ですから」
「………」
「………」
「あ、あの…七条さん、中嶋さん…?」
「───忘れていましたよ、伊藤君。君には恐ろしい程の運の強さがあるという事を」
「ああ、ここだけは七条の意見と同じだな。…まぁ、いい。───啓太、封筒の中身は何だ?」
「えっ!あ、はい。えっと……CD?」
二人がため息を吐きながら言葉を発したのが少し気になりつつも、中嶋さんに催促されて封筒の中身を確認してみると、クリアケースに入ったCD1枚と、綺麗に折り畳まれたピンク色の便せんが入っていた。便せんを開いて見ると、そこには少し丸みを帯びた朋子の文字で文章が書かれていた。
「何が書かれているのですか?」と七条さんに尋ねられて、俺は素直に文章を読み上げた。
『お兄ちゃんへ
お兄ちゃん元気?学園生活は順調ですか?お兄ちゃんがいなくなって少し寂しいけど、お父さんもお母さんも、そして朋子もあの憧れのベルリバティー学園にお兄ちゃんが入れた事を、とても自慢に思っています。落ち着いたら、ぜひ私達を学園に呼んで案内してね。
最近、朋子はいろんなアーティストの音楽を聴いています。お兄ちゃんってゲームはよく知ってるけど音楽全然知らないから。今、友達の間で自分の好きな音楽をチョイスして、オリジナルベストアルバムってカンジで友達に作ってあげて遊んでいるの。結構面白いんだよ。朋子が作ったアルバムをお兄ちゃんにも1枚あげるね。手紙と一緒に入っているCDがそうです。ぜひ聴いて欲しいな。
長くなっちゃったけど、風邪ひかないように頑張ってね。お兄ちゃんは友達いっぱい作れるから、今度家に帰る時は、仲のいい友達とか呼んで一緒に遊ぼうね。
朋子』
手紙を読み終わって、俺はCDを改めて見た。
CDにはラベル等は貼られておらず、手紙にもどんなアーティストの曲が入っているのかという事も書いていない。どうやら聴いてからのお楽しみのようだ。
「朋子のやつ…。さっそくCD聴かなきゃ」
一人つぶやくと、隣にいた七条さんが声をかけてきた。
「いい妹さんですね、伊藤君」
「はい、ちょっと甘えんぼうな妹ですけど仲いいんです。今度電話しておこう」
「そうですね。…ねぇ、伊藤君。そのCD、僕も聴きたいのですが。一緒に聴いてもいいですか?」
「はい、もちろんです。それじゃ夕食後に俺の部屋に来て下さい」
俺の返事に嬉しそうにニッコリと微笑む七条さんを見て、俺も笑顔を返した。…だが、ここにはもう一人いたという事を思い出して、中嶋さんの方に振り向くと「フッ」と鼻で笑って、手にしていたCDを取り上げた。
「ほう…。それなら俺も聴かせてもらおうか。ちょうど学生会の仕事も一段落ついているから忙しくないしな。いいな、啓太?」
「え!?あ、は、はい…。もちろん、です」
「あなたも来るのですか?───まぁ、伊藤君がいいと言うなら仕方ありませんね。…ああ、そろそろ昼休みが終わりますよ。伊藤君、それでは僕は実習室に行かないといけませんので失礼します」
「あ、本当だ!俺も隣の教室に行かないといけないんだった」
「またな、啓太。授業に遅れるなよ」
「は、はい!そ、それじゃ七条さん、中嶋さん。夕食後に俺の部屋で。それじゃ失礼します!」
俺は七条さんと中嶋さんにそう言い残すと、CDを持って慌てて教室へと向かって走り出した。慌てていたので、廊下を歩く生徒と肩が軽くぶつかってしまった。俺は「ごめん!」と相手の顔をしっかりと見ずに謝って、再び走り出した。
その時は、何も気づかなかった。
俺が走り去るその後ろで、二人は顔を見合わせ、わずかに不敵な笑みを交わしていた事を……。 |